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辰巳芸者 タツミゲイシャ

デジタル大辞泉の解説

たつみ‐げいしゃ【××巳芸者】

江戸深川の芸者のこと。男装をまねて宴席で羽織を着たので、羽織芸者ともよばれ、意気と侠気(きょうき)を売り物にした。→辰巳2

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世界大百科事典内の辰巳芸者の言及

【岡場所】より

…吉原のように源氏名を用いず,おの字名(〈およし〉など)であったのも,親近感を与えたといえる。多くの岡場所のなかから深川が特出し,寛政期(1789‐1801)には娼婦に代わって芸者が勢力を得て,辰巳(たつみ)芸者の名を高めるに至って,花柳街に一つの画期をもたらした。私娼【原島 陽一】。…

【芸者】より

…これが明和(1764‐72)ごろに町芸者となり,料理茶屋,舟宿のほか武家,町方の屋敷に招かれて宴席に興を添え,遊山船行の供に出張するとともに,売春もした。これには弾圧もあったが,江戸末期になると各地で芸者遊びが盛んとなり,辰巳(たつみ)芸者,羽織芸者とも呼ばれた江戸の深川芸者が意気と俠気(きようき)とを認められたのを始め,遊郭に代わる新興歓楽地として活況を呈した。明治以後の東京では深川にかわって柳橋が盛んになり,やがて政・官・財界をあげて,新橋を中心として〈待合政治〉をくり広げたため花柳界は大発展した。…

【深川】より

…門前仲町をはじめ越中島にも料亭などが軒を並べた。深川芸者は辰巳芸者とも呼ばれ,独特の気風を生みだした。吉原の〈派手〉に対し〈粋〉を身上とし,また〈いなせ〉〈きゃん〉を誇りとする気質は江戸っ子に喜ばれ,洒落本や人情本などにも反映され,江戸文化の一特色ともなった。…

※「辰巳芸者」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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