改訂新版 世界大百科事典 「農夫ピアーズの夢」の意味・わかりやすい解説
農夫ピアーズの夢 (のうふピアーズのゆめ)
The Vision of Piers Plowman
イギリス14世紀の詩人ラングランドWilliam Langland(1330?-1400?)の作とされる長編宗教詩。ラングランドの伝記は不詳であるが,この作品から中西部に生まれ,モールバンの修道院で教育を受け,ロンドンで聖職についた人物と推定される。作品は,中西部地方の中英語で書かれた頭韻詩で,典型的なアレゴリーの文学である。Aテキスト(1362ころ),Bテキスト(1377ころ),Cテキスト(1393ころ)の3種類のテキストがある。A,B,Cの順に改訂された作品で,作者複数説もあるが,一般には1人の作者によるものとされている。敬虔な農夫ピアーズ(ときにこれがペテロやキリストの意味に転化する)の,キリスト者としての祈りと,真理への誠実な希求のうちに人間の理想的な生き方を見,人間の生きるべき正しい道を説いた神秘主義的な説教文学である。同時にまたこの作品は,社会批判・社会風刺の文学としての性格も持つ。作者は当時のさまざまな階層・職業の人物を登場させ,貴族,貴婦人,聖職者,商人たちを鋭く攻撃し,その腐敗堕落ぶりを非難している。この点,作者は,14世紀イギリスのラディカルとしての性格を持つ思想家であった。しかしこの作品は,そうした道徳的な批判や説教ばかりではなく,たとえば〈七大罪〉のそれぞれが擬人化されて,アレゴリーとして登場する場面など,ほとんどファルスを思わせるような,笑いとアイロニーにあふれた章もある。
執筆者:安東 伸介
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報