日本歴史地名大系 「辺留城跡」の解説
辺留城跡
べるぐすくあと
[現在地名]笠利町辺留
グスク跡。辺留集落の北側にあり、笠利集落の南側につながる。東は太平洋に接した砂丘と隆起珊瑚礁の海岸で、標高一二メートルを最高地点とする台地に築かれている。奄美大島の中枢に位置しており、慶長一四年(一六〇九)の島津氏の軍勢に対して当城が有力な拠点であったと想定しうる。島津勢が
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
グスク跡。辺留集落の北側にあり、笠利集落の南側につながる。東は太平洋に接した砂丘と隆起珊瑚礁の海岸で、標高一二メートルを最高地点とする台地に築かれている。奄美大島の中枢に位置しており、慶長一四年(一六〇九)の島津氏の軍勢に対して当城が有力な拠点であったと想定しうる。島津勢が
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の9月中 (9月後半) のことで,太陽の黄経が 210°に達した日 (太陽暦の 10月 23日か 24日) に始り,立冬 (11月7日か8日) の前日までの約 15日...