近衛十四郎(読み)コノエ ジュウシロウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「近衛十四郎」の解説

近衛 十四郎
コノエ ジュウシロウ


職業
俳優

本名
目黒 寅彦

旧名・旧姓
目黒 寅一

生年月日
大正5年 4月1日

出生地
新潟県 長岡市

学歴
長岡工卒

経歴
昭和7年市川右太衛門プロ、ついで日活京都を経て、9年亜細亜映画に入り、「叫ぶ荒神山」でデビュー。10年大都映画に移り、「銀平くづれ格子」、「疾風蜥蜴鞘」3部作(10〜11年)、「真田十勇士」(前後篇 14年)、「宮本武蔵決戦般若坂」(17年)などに主演スターとして活躍。戦時統合のおりに一時映画界から離れたが、戦後28年松竹京都に入社、「花の生涯」でカムバック。豪快な殺陣をくりひろげる剣劇スターとして人気を得、「素浪人日和」「八州遊侠伝・白鷺三味線」「浪人街」、「江戸群盗伝」「女ざむらい只今参上」、35年東映に移って「柳生武芸帳」シリーズ(36〜39年)、「忍者狩り」(39年)などに出演。テレビにも出演し、“素浪人もの”の軽妙な演技で人気を呼び、「素浪人月影兵庫」シリーズで広く知られた。48年のテレビ「いただき勘兵衛旅をゆく」が最後の主演作品だった。妻は元女優水川八重子、長男松方弘樹、二男目黒祐樹とも俳優という芸能一家。

没年月日
昭和52年 5月24日 (1977年)

家族
妻=水川 八重子(女優),長男=松方 弘樹(俳優),二男=目黒 祐樹(俳優),孫=近衛 はな(女優)

伝記
木久扇のチャンバラスターうんちく塾品川隆二と近衛十四郎 近衛十四郎と品川隆二殺陣―チャンバラ映画史松方弘樹の泣いた笑ったメチャクチャ愛したアイドル40年〈PART5 昭和40〜50年代編〉 林家 木久扇 文・絵品川 隆二,円尾 敏郎 著永田 哲朗 著松方 弘樹 著(発行元 小池書院ワイズ出版社会思想社日之出出版近代映画社 ’07’07’93’89’86発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「近衛十四郎」の解説

近衛 十四郎
コノエ ジュウシロウ

昭和期の俳優



生年
大正5(1916)年4月1日

没年
昭和52(1977)年5月24日

出生地
新潟県長岡市

本名
目黒 寅彦

旧姓(旧名)
目黒 寅一

学歴〔年〕
長岡工業学校卒

経歴
昭和7年市川右太衛門プロに入り、次いで日活京都、アジア映画、大都映画に移り、10年「銀平くづれ格子」で主演。続いて「真田十勇士」「忍術千一夜」「勤王大和桜」などに出演。戦後新東宝、松竹時代から剣劇スターとして人気を得、「素浪人日和」「江戸群盗伝」「女ざむらい只今参上」、東映に移って「柳生武芸帖」シリーズ、「忍者狩り」などに出演。テレビにも出演し、“素浪人もの”の軽妙な演技で人気を呼び、「素浪人月影兵庫」シリーズで広く知られた。48年のテレビ「いただき勘兵衛旅をゆく」が最後の主演作品だった。妻は元女優水川八重子、長男松方弘樹、二男目黒祐樹とも俳優という芸能一家。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「近衛十四郎」の解説

近衛十四郎 このえ-じゅうしろう

1916-1977 昭和時代の映画俳優
大正5年4月10日生まれ。松方弘樹,目黒祐樹の父。昭和9年亜細亜(アジア)映画「叫ぶ荒神山」の主役でデビューし,大都映画の時代劇で活躍。戦後は松竹,東映で「柳生武芸帖」シリーズなどおおくの時代劇に出演する。のちテレビ「素浪人月影兵庫」シリーズで主役を演じた。昭和52年5月24日死去。61歳。新潟県出身。長岡工業卒。本名は目黒寅一,のち寅彦。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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