荒神山(読み)こうじんやま

日本歴史地名大系 「荒神山」の解説

荒神山
こうじんやま

[現在地名]岩木町植田

八幡やわた集落の西約〇・七五キロにあり、標高一〇五・九メートル。尾根続きに北方愛宕あたご山となる。頂上ならびに斜面に荒神山遺跡がある。頂上の平地は南北約一六八メートル・東西約六四メートルで、竪穴住居跡九戸があって、空堀をめぐらし、さらに下方に階段状に山肌を削った二重の空堀が認められる。斜面には多数の墳丘状盛土(直径三―五メートル、高さ〇・五―一・五メートル)があり、中世の墳墓とみられている。明治時代までは一〇四基あったといい、当山は九十九くじゆうく森とよばれていた。


荒神山
こうじんやま

[現在地名]辰野町大字赤羽・大字樋口

天竜川とその支流沢底さわそこ川の浸食によってできた残丘で、赤羽あかはね樋口ひぐち両地区に属す。周囲約三千五〇〇メートル、最高地は海抜七六三・一メートルで周辺との標高差は四〇メートル前後である。

文献上の初見は「高白斎記」の天文一三年(一五四四)一〇月二九日の条で、武田信玄諏訪から伊那侵略の上伊那口の拠点となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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