逆面村(読み)さかづらむら

日本歴史地名大系 「逆面村」の解説

逆面村
さかづらむら

[現在地名]河内町逆面

上田原かみたわら村・相野沢あいのさわ新田村などの北に位置し、村域は東西に細長い。逆連村とも記した。宇都宮氏旧臣姓名書には坂津良村の坂津良六右衛門がみえる。慶長七年(一六〇二)宇都宮大明神領となり、近世を通して同社領。享保一三年(一七二八)の宇都宮大明神由緒(国会図書館蔵)によると神領高二三一石余で、うち一一五石が社家飯田祝部に、他は中里氏・飯田氏などの社家に配当されている。慶安郷帳では高二三一石余、田方一四二石余・畑方八九石余。神領別当の真言宗高徳こうとく寺、本山修験左門さもん坊・弥勒寺があった。縄文期の高山たかやま遺跡、室町期の築城と推定される逆面城跡がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む