朝日日本歴史人物事典 「速水宗達」の解説
速水宗達
生年:享保12(1727)
江戸中期の京都の市井茶人。茶道速水流の祖。京都の代々の医家に生まれ,字は希棟,滌源居と号した。儒学を堀川の古義堂に,和歌を小沢蘆庵に学ぶ一方,茶道を裏千家の8代宗室(又玄斎)に学んだ。茶道と学問の帰一を志した学者肌の茶人で,堂上にも知己が多く,独立した一家として認められた。聖護院宮盈仁親王から「大日本茶博士」の称を,五摂家の一条忠香から養寿院の号と「滌源」の扁額を贈られている。多くの遺稿のうち,2代宗曄と3代宗筧によって,『茶旨略』『喫茶指掌編(月之部)』『茶則』が公刊されている。ことに文政8(1825)年に刊行された『喫茶指掌編』は,諸流を通じて愛読された。大徳寺のみになずんだ当時の茶道界を批判して広く儒仏道を学んだが,修験道修行の山中で,大徳利に柄杓と水指の働きをさせる点前(脱杓点)を考案するなど発明が多かった。<著作>神原邦男編『速水宗達著作選集』全3巻<参考文献>林左馬衛「滌源居と速水流」(『日本の茶家』)
(林左馬衛)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報