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道昌 どうしょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

道昌 どうしょう

798-875 平安時代前期の僧。
延暦(えんりゃく)17年3月8日生まれ。真言宗。はじめ三論をまなぶ。天長5年空海より灌頂(かんじょう)をうける。京都の広隆寺,隆城寺の別当を歴任。貞観(じょうがん)16年嵯峨(さが)の葛井(かどい)寺を修築し,法輪寺として再興。少僧都(しょうそうず)。京都大堰(おおい)川の堤防修築にもつとめた。貞観17年2月9日死去。78歳。讃岐(さぬき)(香川県)出身。俗姓は秦。

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朝日日本歴史人物事典の解説

道昌

没年:貞観17.2.9(875.3.20)
生年:延暦17(798)
平安前期の真言宗僧。生年は一説に延暦18年。讃岐国(香川県)香河郡の人。俗姓は秦氏。幼年より三論宗を学び,年分度者として得度,受戒。諸宗を兼学し,空海から伝法灌頂を受けた。天長6(829)年に京都の葛井寺に参籠して虚空蔵求聞持法を修し,のちに同寺を法輪(林)寺と改めた。翌年,宮中仏名懺悔の導師となり, 淳和天皇に山沢からの供御は臣下の狩猟よりも殺生の罪が深いと説き,貞観16(874)年まで欠かさずその役を勤めた。薬師寺最勝会,興福寺維摩会,御斎会のほか,多くの法会に招かれ,生涯に『法華経』を570回講じた。権律師から少僧都に昇り,広隆寺,隆城寺,元興寺の別当を兼ねた。承和年中(834~848)もしくは貞観年中(859~877)に京都大堰川の堰を改修し,行基の再来と称された。<参考文献>追塩千尋「道昌をめぐる諸問題」(『南都仏教』67巻)

(岡野浩二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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