道竹城跡(読み)どうちくじようあと

日本歴史地名大系 「道竹城跡」の解説

道竹城跡
どうちくじようあと

[現在地名]岩美町新井

新井にい集落北西にある道竹山(一五一メートル)にある。山頂を中心に六つの郭が現存する。本丸は長さ二〇間・横一五間で東を大手とするという(「因伯古城跡図志」県立博物館蔵)。「因幡民談記」によれば天文年間(一五三二―五五)三上兵庫頭が築城したという。三上氏は当城の周辺一帯にあった岩井いわい庄を領有しており、康正二年(一四五六)の「造内裏段銭并国役引付」によれば三上近江入道が岩井庄の段銭一〇貫文を納めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む