部屋村(読み)へやむら

日本歴史地名大系 「部屋村」の解説

部屋村
へやむら

[現在地名]藤岡町部屋

東は巴波(うずま)川を隔て新波(につぱ)村、西は前原(まえはら)村および赤麻(あかま)沼、北は緑川(みどりかわ)村。南に部屋野が細長く延びる。巴波川と赤麻沼の間の低湿地で、段丘および水塚上に集落がある。石山(いしやま)寺(現滋賀県大津市)蔵の多聞天次第奥書に、「康和五年十一月廿九日下野部屋書了」とあるのが初見。慶長一七年(一六一二)関東八州真言宗諸寺連判留書案(醍醐寺文書)に「部屋」の龍蔵(りゆうぞう)院がみえる。

近世は榎本藩領で、文禄四年(一五九五)の榎本藩領村高書上(大出善作文書)では一千二七石余。慶安郷帳では田五五四石余・畑三六三石余、幕府領。寛文四年(一六六四)武蔵岩槻藩領知目録では寒川(さむかわ)郡のうちにあげられている。承応四年(一六五五)には岩槻藩による検地が行われた(元文五年「村明細帳」白石巳代治文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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