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都座 みやこざ

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世界大百科事典 第2版の解説

みやこざ【都座】

江戸の劇場。江戸初期に放下師(ほうかし)久三郎が堺町へ移り都伝内(みやこでんない)と名を改めて興行を行った。その後,万治(1658‐61)ころ上方から放下師が下って都伝内と称したため,前者を古(いにしえ)伝内と呼ぶようになったという。新伝内も元禄(1688‐1704)初年に絶えたが,1793年(寛政5)中村座が休座のとき,古伝内の子孫と称する都伝内が控櫓(ひかえやぐら)として興行を行った。また1817年(文化14)にも市村座の控櫓桐座が不振のため都座がかわって興行した。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の都座の言及

【江戸三座】より

…中村座は中村勘三郎,森田座は森田勘弥,市村座は市村羽(宇)左衛門が基本的に代々座元として興行権を持っていたが,この三座に経済的な支障が生じ興行を継続できない事態になったおりは,控櫓(仮櫓)によって興行が行われた。1735年(享保20),森田座にかわり河原崎座が興行したのがはじめで,中村座には都座,市村座には桐座が控櫓として存在した。【近藤 瑞男】。…

【歌舞伎】より

…もっとも,中村,市村,森田の3座が都合によって興行不可能のときに限り,あらかじめ定めてある者が代わって興行することが許されていた。中村座には都座,市村座には桐座,森田座には河原崎座が代わりうる定めであった。中村,市村,森田の3座を〈元櫓(もとやぐら)〉(〈本櫓〉とも),都,桐,河原崎の3座を〈仮櫓(かりやぐら)〉(〈控櫓〉とも)と呼んだ。…

【劇場】より


[劇場の常設化]
 寛永期には江戸中橋南地のほかに京都四条,大坂道頓堀にも芝居町が形成され,ある程度の様式をそなえた劇場がつくられた。江戸においては中村座を嚆矢(こうし)とし,ついで1633年1月の都伝内による堺町の都座,翌年3月村山又三郎による堺町の村山座(後の市村座),42年3月山村小兵衛による木挽町5丁目の山村座,しばらくおくれて56年(明暦2)河原崎権之助による木挽町5丁目の河原崎座,60年(万治3)4月森田太郎兵衛による木挽町5丁目の森田座(後の守田座)の創業というように,次々に歌舞伎の常設劇場が建設されていった。いずれも舞台間口3間を定式とし,土間席は野天のままで,わずかに舞台部分と桟敷席に屋根が架してあった。…

【新富座】より

…しかし,79年9月外人の一座を招いて劇中劇に《漂流奇談西洋劇(ひようりゆうきだんせいようかぶき)》という合同劇を上演させて失敗。このころから座主守田勘弥の負債がかさみはじめ,その後は座主名義を変更したり,座主が変わったりして,座名も猿若座,桐座,深野座,都座などと頻繁に変わっている。97年新富座に復名,1909年松竹合名社が買収,23年関東大震災で焼失するまで存続した。…

※「都座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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