重松村(読み)しげまつむら

日本歴史地名大系 「重松村」の解説

重松村
しげまつむら

[現在地名]石井町石井 重松

城之内(じようのうち)村の北、飯尾(いのお)川左岸の平地にある。東は高川原(たかがわら)村、西は国実(くにざね)村、北は南島(みなみじま)村。慶長期(一五九六―一六一五)のものと推定される国絵図に「志け松」とみえる。同二年の分限帳によると矢田源太郎が二五〇石、福家又左衛門・渡辺七右衛門が各一〇〇石、長谷川弥太郎・赤川喜太郎が各六九石余を知行。正保国絵図では高六〇三石余。


重松村
しげまつむら

[現在地名]五十崎町重松

小田(おだ)川の支流柿原(かきはら)川の上流域の丘陵地にある。東北は村前(むらさき)村(現内子町)、東南は只海(ただのうみ)村、西南は宿間(しくま)村、西は平岡(ひらおか)村に接する。元和九年(一六二三)以降新谷藩領。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の喜多郡の項に「重松村 日損所、茅山有」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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