野中貝塚(読み)のなかかいづか

日本歴史地名大系 「野中貝塚」の解説

野中貝塚
のなかかいづか

[現在地名]小川町小川 野中

園部そのべ川左岸の東へ入った小支谷に臨む標高二〇メートルの台地上にあり、霞ヶ浦の現湖岸からの距離は約三キロ。貝層は表土下約三〇―五〇センチ付近にあり、最も厚いところで五〇センチ、貝層下には約一〇センチの黒土層の下に粘土質のローム層がある。貝塚と水田の比高は約五メートル。霞ヶ浦周辺の縄文前期貝塚としては現在の海岸線からみて最も奥に位置する。

遺物ハマグリハイガイサルボウマガキアカニシウミニナ、シオフキ、ヤマトシジミを主とし、魚類ではマダイ、スズキの二種、獣類ではニホンジカ、イノシシ、ニホンイヌの骨が発見された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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