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金光房 こんこうぼう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

金光房 こんこうぼう

1155-1217 平安後期-鎌倉時代の僧。
久寿2年2月18日生まれ。浄土宗。はじめ天台宗徒として比叡(ひえい)山で修行し,郷里筑後(ちくご)(福岡県)竹野郡の観音寺別当となる。のち鎌倉で法然(ほうねん)の弟子遵西(じゅんさい)にであい,法然の弟子となる。その命により陸奥(むつ)に浄土宗をひろめ,往生寺などをひらいた。建保(けんぽ)5年3月25日死去。63歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

金光房

没年:建保5.3.25(1217.5.2)
生年:久寿2(1155)
鎌倉初期の浄土宗の僧。法然の弟子。奥州に浄土教を広めた開教者。金光禅師あるいは石垣の金光房と呼ばれる。幼時に筑後国(福岡県)石垣の観音寺で出家し,比叡山で学び,のちに観音寺の別当となる。所領の訴訟のために鎌倉に行き,法然の直弟子の安楽房遵西に会い,浄土宗に帰依する。訴訟を捨てて,京都に行き法然門下に入る。法然が自作の寿像を金光房に与えたとも伝えられる。奥州に遊化して,陸奥国(宮城県)栗原郡の往生寺,津軽郡行岳村の西光寺を建立し,大中山梵場寺を再興。一説には法然門下の念仏者に加えられた嘉禄の法難で陸奥国に配流ともいわれる。

(林淳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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