金剛坂遺跡(読み)こんごうさかいせき

日本歴史地名大系 「金剛坂遺跡」の解説

金剛坂遺跡
こんごうさかいせき

[現在地名]明和町金剛坂

はらい川の沖積地を望む台地西端部にあり、斎宮跡の南に接している。標高一四メートル。明治年間弥生時代後期の壺が出土し、東京国立博物館に寄贈された。昭和五年(一九三〇)この土器後藤守一によって、「考古学雑誌」に紹介され、当遺跡は県を代表する弥生時代の遺跡として著名となった。その後も多数の遺物が採集され、なかには「美濃」の押印のある須恵器もあり、斎宮跡との関連がうかがわれる。同四六年台地の一部が削平されることになり、緊急発掘調査が実施された。調査の結果、縄文時代の土壙、弥生時代の方形周溝墓、飛鳥時代の竪穴住居などの遺構とともに各時代の土器が出土している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 方形 文様

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む