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金子家忠 かねこ いえただ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

金子家忠 かねこ-いえただ

1138-1213? 平安後期-鎌倉時代の武将。
保延(ほうえん)4年生まれ。保元(ほうげん)の乱に源義朝に属して出陣し,高間三郎・四郎を討つ。平治の乱には義朝の長男義平にしたがって平氏とたたかう。治承(じしょう)4年(1180)源頼朝が挙兵すると,河越重頼にしたがい,頼朝方の三浦義明を攻略。のち頼朝につかえ,屋島の戦いに参加。建保元年?死去。76歳?通称は十郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の金子家忠の言及

【初陣】より

…武門に生をうけた者の正念場でもあり,それだけに初陣での高名は武勇の誉れとされた。《保元物語》に滋目結(しげめゆい)の直垂(ひたたれ)に伏目縄の鎧に身をかため〈太刀ヲ抜テ真向ニアテ,武蔵国住人金子十郎家忠十九歳,軍ハ今日ゾ始ナル,御曹司ノ御内ニ我ト思ハン兵ハ,出アヘヤトゾ名乗タル〉と見える金子家忠は初陣で源為朝麾下(きか)の豪勇高間兄弟を討ち取り,武名をはせたという。また《平治物語》には13歳で父義朝に従った頼朝の初陣の模様が語られているが,頼朝着用の鎧,太刀はいずれも父祖相伝のものであったという。…

※「金子家忠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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