金杉・金杉浦(読み)かなすぎ・かなすぎうら

日本歴史地名大系 「金杉・金杉浦」の解説

金杉・金杉浦
かなすぎ・かなすぎうら

現港区の東部、ふる川南岸のJR東海道本線西側一帯にあたる地域の名称。地名の由来は当地に杉に似た大きな栴檀の木があり暗夜に金色の光を発して沖合からの目印となったので、漁師たちが金杉大明神を勧請して鎮守としたというもの、あるいは海辺の洲崎名である金洲崎かなすきが転訛したなど諸説がある(港区史)。天文二三年(一五五四)七月一二日の北条家船方法度写(武州文書)に「芝金曾木」とみえ、当地船方に対し四条項を定めている。江戸時代は新堀しんぼり(古川・赤羽川・金杉川)に架かる金杉橋より南、入間いりあい川に架かる芝橋までの海手側の総称。古くからの地名で、土地の者の説では金洲崎・金曾木かなそきとも書いた。もとは武蔵国荏原えばら郡に属していたが、いつの頃からか豊島郡に変更されていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む