鈴木益堂(読み)すずき えきどう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鈴木益堂」の解説

鈴木益堂 すずき-えきどう

1819-1861* 江戸時代後期の儒者
文政2年生まれ。江戸の書店次男昌平黌(しょうへいこう)にまなび,講説を業とする。あいつぐ外国艦船の来航をうれえて「論策十八条」をあらわし,時の老中久世広周(くぜ-ひろちか)に献策,攘夷(じょうい)をうったえた。万延元年11月24日死去。42歳。名は善教。字(あざな)は叔徳。通称は徳之助。著作に「経世学論」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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