鈴木義男(読み)スズキ ヨシオ

20世紀日本人名事典 「鈴木義男」の解説

鈴木 義男
スズキ ヨシオ

大正・昭和期の法律学者,政治家,弁護士 衆院議員(民社党);法相;専修大学学長。



生年
明治27(1894)年1月17日

没年
昭和38(1963)年8月25日

出生地
福島県白河市

学歴〔年〕
東京帝大法科大学法律学科〔大正8年〕卒

学位〔年〕
法学博士

経歴
東大法学部助手、助教授を経て大正9年東京女子大教授、13年東北帝大教授。のち弁護士となり、帝人事件人民戦線事件ゾルゲ事件など担当。戦後昭和20年日本社会党結成に参加、文教部長。21年以来福島県から衆院議員当選7回。22年片山内閣法相(法務総裁)、23年芦田内閣留任。22年から専修大理事、26年専修大教授、27年学長、理事長を兼任。34年青山学院大教授。35年民主社会党結成に参加、統制委員長、国会議員団長などを歴任した。著書に「行政法総論」「行政法各論」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「鈴木義男」の解説

鈴木 義男
スズキ ヨシオ


肩書
衆院議員(民社党),法相,専修大学学長

生年月日
明治27年1月17日

出生地
福島県白河市

学歴
東京帝大法科大学法律学科〔大正8年〕卒

学位
法学博士

経歴
東大法学部助手、助教授を経て大正9年東京女子大教授、13年東北帝大教授。のち弁護士となり、帝人事件、人民戦線事件、ゾルゲ事件など担当。戦後昭和20年日本社会党結成に参加、文教部長。21年以来福島県から衆院議員当選7回。22年片山内閣法相(法務総裁)、23年芦田内閣留任。22年から専修大理事、26年専修大教授、27年学長、理事長を兼任。34年青山学院大教授。35年民主社会党結成に参加、統制委員長、国会議員団長などを歴任した。著書に「行政法総論」「行政法各論」など。

没年月日
昭和38年8月25日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鈴木義男」の解説

鈴木義男 すずき-よしお

1894-1963 大正-昭和時代の法学者,政治家。
明治27年1月17日生まれ。東北帝大教授をへて,弁護士となる。戦後社会党の結成にくわわり,昭和21年衆議院議員(当選7回)。片山内閣,芦田(あしだ)内閣の法務総裁。35年民社党結成に参加。専修大学長。昭和38年8月25日死去。69歳。福島県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「鈴木義男」の解説

鈴木 義男 (すずき よしお)

生年月日:1894年1月17日
大正時代;昭和時代の法律学者;政治家。衆議院議員(民社党);専修大学学長
1963年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

大臣政務官

各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...

大臣政務官の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android