長久保村(読み)ながくぼむら

日本歴史地名大系 「長久保村」の解説

長久保村
ながくぼむら

[現在地名]韮崎市穂坂町長久保ほさかまちながくぼ

上今井かみいまい村の南、かやヶ岳南麓、標高五〇〇メートルほどの久保沢(六反川上流)段丘上に位置する。長窪とも記した。亥七月六日付の武田信玄印判状写(竜王村史)に「長窪村」とあり、永禄六年(一五六三)当村など九ヵ村が、武田信玄から釜無川の川除普請を命じられている。なお当村は保坂ほさか惣郷を構成する郷村の一であったとの説もあるが、同じく川除普請を指示した同六年と推定される同日付の武田信玄印判状(保坂達家文書)には、保坂惣郷が別に書上げられているので、当村は同惣郷とは別の独立した村であった可能性もある。


長久保村
ながくぼむら

[現在地名]海津町長久保

日原ひわら村の南西に位置する。天正一二年(一五八四)と推定される一一月一〇日の吉村氏吉宛織田信雄折紙(吉村文書)に「長久保落居付而」とあり、もはや羽柴秀長が打入ることに別条なしと伝えている。慶長郷帳に長窪村とみえ、高三三一石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では徳永昌重(高須藩)領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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