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長享 チョウキョウ

大辞林 第三版の解説

ちょうきょう【長享】

年号(1487.7.20~1489.8.21)。文明の後、延徳の前。後土御門天皇の代。

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日本の元号がわかる事典の解説

ちょうきょう【長享】

日本の元号(年号)。室町時代(戦国時代)の1487年から1489年まで、後土御門(ごつちみかど)天皇の代の元号。前元号は文明(ぶんめい)。次元号は延徳(えんとく)。1487年(文明19)7月20日改元。疫病、戦乱、火災などの凶事を断ち切るために行われた(災異改元)。『文選(もんぜん)』『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』『後漢書(ごかんじょ)』を出典とする命名。長享年間の室町幕府の将軍は足利義尚(よしひさ)(9代)。1487年(長享1)、関東では関東管領の上杉顕定(あきさだ)(山内上杉家)と上杉定正(さだまさ)・上杉朝良(ともよし)(扇谷(おうぎがやつ)上杉家)との間の30年にもおよぶ戦乱(長享の乱)が始まった。この戦乱で両上杉氏の勢力は大きく後退し、伊勢宗瑞(そうずい)(北条早雲(そううん))の関東進出に道を開いた。一方、一向一揆の勢力が台頭するなか、1488年(長享2)に加賀国の一向宗門徒(加賀一向一揆)が同国守護の富樫政親(とがしまさちか)を攻めて自刃させ、1580年(天正8)に織田信長が平定するまでの約90年間、同国は加賀一向一揆が治める国(百姓の持ちたる国)となった。

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