日本歴史地名大系 「長尾名村」の解説
長尾名村
ながおみようむら
[現在地名]長尾町名
寛永国絵図では長尾庄に含まれ、寛永一七年(一六四〇)の生駒領高覚帳では長尾東村・長尾西村とともに長尾村とされている。村高は寛政七年(一七九五)七〇三石余で(川田文書)、以後大きな変化はない。年貢は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
寛永国絵図では長尾庄に含まれ、寛永一七年(一六四〇)の生駒領高覚帳では長尾東村・長尾西村とともに長尾村とされている。村高は寛政七年(一七九五)七〇三石余で(川田文書)、以後大きな変化はない。年貢は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...