長松院(読み)ちようしよういん

日本歴史地名大系 「長松院」の解説

長松院
ちようしよういん

[現在地名]盛岡市大慈寺町

臨江(りんこう)庵の北隣に位置する。万歳山と号し、臨済宗妙心寺派。本尊は釈迦如来。寺社修験本末支配之記(内史略)によると聖寿(しようじゆ)寺末。寺伝によれば、寛永年間(一六二四―四四)聖寿寺涼室宗蔭を招請して、弟子法岩常公が開創したという。元禄二年(一六八九)同寺中興の大道生安の伝法を得た大輪祥睦が住職となり、当院の中興開山として基礎を確立、現在に至る。なお寺領は二〇石であった(盛岡砂子)。当院に安置される子安地蔵は、かつて陸奥三戸城に祀られていたが、盛岡藩四代藩主南部重信の側室長慶院が上田(うえだ)の高源(こうげん)寺に移した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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