長谷堂城跡(読み)はせどうじようあと

日本歴史地名大系 「長谷堂城跡」の解説

長谷堂城跡
はせどうじようあと

[現在地名]山形市長谷堂

たて山と称する標高二二七メートルの独立丘陵上に築かれた連郭式の山城。北に向かって細長く菱形をなし、亀の甲に似ているのでかめヶ城とも称された。天険の地を利用した築城で、南は急な崖下を本沢もとさわ川が流れて水濠をなし、他の三方も急峻な傾斜面で平地深田である。山頂本丸は東西四五間・南北五五間、二の丸は東西一七二間・南北二八二間、本沢川から引水した幅一―二メートルの水濠が囲む。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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