朝日日本歴史人物事典 「長谷川宗仁」の解説
長谷川宗仁
生年:天文8(1539)
桃山時代の茶人,武将。通称源三郎。従五位下刑部卿,法眼に叙せられた。京都町衆長谷川家の一族の出身と推定されるが,今井宗久と共に織田信長のもとで但馬経略にかかわり武士化した。信長没後は豊臣秀吉,徳川家康に仕え,その子守知の代には1万石余を領する大名となった。宗仁は秀吉のマニラ征服計画のなかではその担当者となっている。また画業にすぐれ,法眼の位が許された。信長,秀吉のもとでは茶人として活躍し,大名物長谷川肩衝(古瀬戸茶入)の所持者としても知られる。<参考文献>熊倉功夫『茶の湯の歴史―千利休まで―』
(熊倉功夫)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報