長野美波留(読み)ながの みはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長野美波留」の解説

長野美波留 ながの-みはる

1775-1822 江戸時代後期の国学者,歌学者
安永4年3月15日生まれ。信濃(しなの)(長野県)松代(まつしろ)藩士の子。江戸で大村光枝に歌学を,塙保己一(はなわ-ほきいち)の門で国学をまなび,「群書類従」を校正。のち和学講談所で歌学を教授した。文政5年4月3日死去。48歳。通称七郎。号は麻生園。名は三晴,美晴ともかく。著作に「百人一首抄」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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