間瀬久太夫(読み)まぜ きゅうだゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「間瀬久太夫」の解説

間瀬久太夫 まぜ-きゅうだゆう

1641-1703 江戸時代前期の武士。
寛永18年生まれ。播磨(はりま)(兵庫県)赤穂(あこう)藩士。四十七士のひとり。小野寺十内秀和の従兄(いとこ)。大目付をつとめ禄高(ろくだか)200石。江戸にでて医師三橋浄貞を名のり,子の孫九郎とともに吉良邸討ち入りにくわわった。元禄(げんろく)16年2月4日切腹。63歳。名は正明。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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