関津城跡(読み)せきのつじようあと

日本歴史地名大系 「関津城跡」の解説

関津城跡
せきのつじようあと

[現在地名]大津市田上関津町

田上たなかみ山地の一つ笹間ささまヶ岳(四三三メートル)の北西麓に立地する中世の城跡。前面に関津の集落が見渡せる低丘陵先端部を利用して築かれる。現在は雑木林となりかなり荒廃しているが、高さ二メートルを超える土塁(基底部幅五―一〇メートル)で囲まれた曲輪跡が三ヵ所残る。曲輪の一つには出入口とみられる土塁の切込みがあり、その前面には枡形を思わせる区画が存在する。昭和六〇年(一九八五)の測量調査以外、本格的な発掘調査が実施されていないため、城跡の正確な規模や縄張り、存続期間などはわかっていない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む