日本歴史地名大系 「阿下喜村」の解説 阿下喜村あげきむら 三重県:員弁郡北勢町阿下喜村[現在地名]北勢町阿下喜村の南と西は員弁川が流れ、北は員弁川支流の鎌田(かまた)川・貝野(かいの)川が流れ、東には六石(ろつこく)高原が迫っている。慶安郷帳(明大刑博蔵)・「三国地志」は「上木」とする。また「勢陽雑記」は「アカキ」とよんでいる。「神鳳鈔」に「内宮阿下喜御厨五十四丁村、外宮段別五升、院済十石」とあり、「外宮神領目録」に「阿下喜御厨十石」とあるので、中世この地に伊勢神宮領が存在したことが認められる。また織田信雄分限帳によれば、鉄炮衆の青山新七の代官が当地に八〇〇貫の所領を有していた。江戸時代は桑名藩領。村高では員弁郡最大の村落である。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by