阿久津盛為(読み)アクツ モリタメ

20世紀日本人名事典 「阿久津盛為」の解説

阿久津 盛為
アクツ モリタメ

江戸時代末期〜大正期の国学者,神官



生年
天保14年(1843年)

没年
大正11(1922)年10月24日

出生地
下野国都賀郡下南摩村(栃木県)

経歴
神官・純真の子に生まれる。青木幸躬に国学を、川島養慶に漢学を学び、明治2年芝宮神社の神職となる。のち各社の祠仕に歴任し、大講義、少教正、群馬県下の神職取締所長などを務める。また群馬県邑楽郡古海村に児島高徳終焉遺跡を発見し、22年官許を得て児島神社を創建した。著書に「児島高徳朝臣墳墓考」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「阿久津盛為」の解説

阿久津盛為 あくつ-もりため

1843-1922 幕末-大正時代の国学者,神職。
天保(てんぽう)14年生まれ。青木幸躬(さちみ)にまなぶ。明治2年芝宮神社の神職となり,のち群馬県下の神職取締所長などを歴任。群馬県邑楽郡(おうらぐん)古海に児島高徳の終焉(しゅうえん)遺跡を発見,22年児島神社をたてた。大正11年10月24日死去。80歳。下野(しもつけ)(栃木県)出身。著作に「児島高徳朝臣墳墓考」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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