阿多由太神社(読み)あたゆたじんじや

日本歴史地名大系 「阿多由太神社」の解説

阿多由太神社
あたゆたじんじや

[現在地名]国府町木曾垣内 牧戸

荒城あらき川右岸にあり、祭神は大年御祖神、相殿に熊野大神・阿須波乃神を祀る。旧郷社。「延喜式」神名帳の阿多由太神社とされるが、古川ふるかわ杉崎すぎさき多由太たゆたにある中宮ちゆうぐう神社に比定する説もある。現在の阿多由太神社は、かつて権現宮と称し、文化年間(一八〇四―一八)に吉田家臣の玉田常陸永辰が阿多由太神社に比定したと伝える(斐太後風土記)。「神社明細帳」に「創立年紀不詳、延喜式神名帳飛騨八座ノ一」とみえ、元禄七年(一六九四)検地帳(木曾垣内区有文書)に「拾五間、九間、権現宮地、四畝拾五歩村抱」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む