陽徳門院(読み)ようとくもんいん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「陽徳門院」の解説

陽徳門院 ようとくもんいん

1288-1352 鎌倉-南北朝時代,後深草天皇の第5皇女。
正応(しょうおう)元年生まれ。母は准三宮(じゅさんぐう)藤原相子(そうし)。永仁(えいにん)2年内親王,ついで准三宮となり,正安(しょうあん)4年陽徳門院の称号をゆるされた。嘉元(かげん)4年出家。観応(かんのう)3=正平(しょうへい)7年8月11日死去。65歳。名は媖子(えいし)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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