日本歴史地名大系 「隈・西小田地区遺跡群」の解説 隈・西小田地区遺跡群くま・にしおだちくいせきぐん 福岡県:筑紫野市隈村隈・西小田地区遺跡群[現在地名]筑紫野市光が丘一―五丁目二日市(ふつかいち)地峡帯南側開口部の三国(みくに)丘陵北端付近にある。中九州ニュータウン構想に基づく「隈・西小田土地区画整理事業」の用地約五二ヘクタールが、昭和五七年(一九八二)から平成三年(一九九一)にかけて発掘された。おもな遺構は竪穴住居跡や貯蔵穴などの居住施設と、円墳や甕棺墓などの墳墓、初期須恵器の窯跡、青銅器埋納遺構などにわたる、弥生時代から古墳時代の遺跡。第二地点は南北に延びた標高四八メートル前後の独立丘陵上にあり、墳墓群は列状埋葬(弥生時代中期初頭―中頃)と鉢巻状埋葬(同中期後半―後期前半)で、時期的な変化がある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by