雄惟郷(読み)おともごう

日本歴史地名大系 「雄惟郷」の解説

雄惟郷
おともごう

「和名抄」に訓はない。「古事記伝」「大日本地名辞書」は「惟」を「伴」の誤記とみて「をとも」と訓じ、「日本地理志料」は「惟」を「涯」の誤記として「をきし」と訓ずべきを主張する。「万葉集」巻一に山上憶良が遣唐使の一行に加わって唐にあったとき、望郷の思いを「いざ子どもはやく大和へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ」と歌った歌を載せる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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