おもに和歌に用いられる古代的な修辞の一つ。和歌においては5音1句に相当する句(4音や6音もある)をなし,独自の文脈によって一つの単語や熟語にかかり,その語を修飾しこれに生気を送り込む。一首全体に対しても,気分的・象徴的に,または声調上・構成上に,微妙な表現効果をもたらす。枕詞の起源は古代の口誦詞章のきまり文句で,そのうち最も重要なのは神名や地名にかぶせる呪術的なほめことばである。記紀歌謡において枕詞を受ける単語や熟語の半数以上が固有名詞であるのは,その辺の消息を示すものにほかならない。のちのちまで枕詞のかかり方が固定的,習慣的,伝承的でありつづけながらなお有機的に働くのも,そのためである。枕詞は平安朝に入ってからは使われることが少なくなっていく。
枕詞のかかり方は,同音・類音のくり返しや懸詞(かけことば)によるものと,意味の上で説明したり形容したり比喩したり連想を働かせたりするものと,さまざまであるが,すでにかかり方の不明となった慣用句も多い。これらはすべて神託などの呪術的な古代的発想法から展開してきたものなのである。枕詞と似た和歌の修辞に序詞(じよし)があって,両者はその長さの違いや文脈の性格の違いによって区別されているが,個々の例では区別のつきにくいものもある。本質を異にする両者が混雑を生じたものか,本質を同じくする両者が別々に発達したものか,両説があるが,古代人が枕詞と序詞とを明確に区別した形跡はない。柿本人麻呂は,古い枕詞を新しく解釈し直して用いたり,新しい枕詞を作ったり,用言を修飾する枕詞を多用したりして,枕詞の発達に大きく貢献した万葉歌人であるが,その作品〈玉藻刈る敏馬(みぬめ)を過ぎて夏草の野島が崎に船近づきぬ〉(《万葉集》巻三)の〈玉藻刈る〉〈夏草の〉という枕詞は,実景を描いたかと思わせるほど一首全体に対して大きな表現効果をもっている。なお,老・病・死をうたった山上憶良は,枕詞をほとんど使っていない。
執筆者:渡瀬 昌忠
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主として和歌に用いられる修飾句。通常は一句五音で、一首の主想表現と直接の意味的関連がなく、被修飾語(被枕詞)だけを修飾する。被修飾語へのかかり方は慣習的、固定的で、一定の枕詞が一定の語にかかるのを普通とするが、類似の語に拡大してかかる場合もある。古くは和歌に限らず、諺(ことわざ)や神託などにおいて、神名、人名、地名にかかる例があり、それがもっとも原初的なものと思われ、本来被枕詞を呪的(じゅてき)にほめたたえる詞であったらしい。それが徐々に呪性を失い、意味もわからなくなってゆくにつれて、二義的に解釈され単なる修飾句や声調を整えるための修辞となったのであろう。万葉時代はほぼ二義的段階のもので、平安時代以後はいちだんと形式化してゆき、種類も少なくなる。
その分類は、(1)枕詞と被枕詞との接続関係によるもの、(2)被枕詞の性質によるもの、(3)枕詞の性質によるもの、とする3種が考えられているが、(1)が一般的である。(1)はさらに〔1〕形容、比喩(ひゆ)、説明など意義に関するもの―「葦(あし)が散る 難波(なにわ)」「沖つ鳥 鴨(かも)」など、〔2〕懸詞、同音反復など、音に関するもの―「玉櫛笥(たまくしげ) 二上山(ふたかみやま)」「ちちのみの 父」などに分ける。(2)は被枕詞を、〔1〕固有名詞―「そらみつ 大和(やまと)」、〔2〕普通名詞―「あしひきの 山」、〔3〕用言―「咲く花の うつろふ」、などに分けてみて、枕詞の修飾機能や時代を重視する分類である。(3)は枕詞の素材がいかなる性質のものかによる分類である。(1)~(3)を相互に関連させつつ、その起源、本質などが考えられている。
[橋本達雄]
『福井久蔵著『枕詞の研究と釈義』(1927・不二書房/再版1960・有精堂出版)』▽『土橋寛著『古代歌謡論』(1960・三一書房)』
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…主想部のある語句を導き出すために機能しつつ,一首中で主としてイメージ,音楽性の面を分担する。機能,役割は〈枕詞〉によく似ているが,〈枕詞〉が原則的に5拍であるのに対して,〈序詞〉は7拍以上または2句以上からなり,さらに,〈枕詞〉が慣用的,固定的であるのに対して,創造的,個別的である点で異なる。つまり〈序詞〉は,一首の勝負のしどころ,個性の発揮のしどころであって,その点で修辞法の一つとはいえ,歌人たちがその開発,発明に多大の努力を費やしてきた,和歌の本質にかかわる重要な部分なのである。…
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