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雅真 がしん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

雅真 がしん

?-999 平安時代中期の僧。
近江(おうみ)(滋賀県)の真言宗石山寺の淳祐の弟子となり,兄弟子の真頼から灌頂(かんじょう)をうける。天暦(てんりゃく)6年(952)高野山座主(ざす)の寛空にまねかれ,落雷で焼失した高野山奥院の弘法大師廟塔を再建。永観元年検校となった。正暦(しょうりゃく)5年落雷で炎上した大塔や講堂などの修復につとめた。長保元年3月21日死去。通称は天野検校。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

雅真

没年:長保1.3.21(999.4.9)
生年:生年不詳
平安中期の真言宗の僧。高野山復興の中心人物石山寺で密教を修学。天暦6(952)年,金剛峰寺座主寛空に招かれ,荒廃していた奥の院の空海廟塔の復興を指導。丹生,高野の2社を創建し在地豪族の支援を得るなど手腕を振るう。永観1(983)年,検校となる。正暦5(994)年の伽藍焼失に際し再び立つが,朝廷の支援を得られず,山麓の天野に居を移し運動を続行。長徳1(995)年夏,奥の院復興を成就した。一説に真言宗とは無縁の外来の民間僧で,勧進聖の総帥という。和歌にも秀で,紫式部に極意を授けたと伝わる。弟子に仁海など。<参考文献>和多昭夫「高野社と丹生社について」(『密教文化』73号)

(正木晃)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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