朝日日本歴史人物事典 「雅真」の解説
雅真
生年:生年不詳
平安中期の真言宗の僧。高野山復興の中心人物。石山寺で密教を修学。天暦6(952)年,金剛峰寺座主寛空に招かれ,荒廃していた奥の院の空海廟塔の復興を指導。丹生,高野の2社を創建し在地豪族の支援を得るなど手腕を振るう。永観1(983)年,検校となる。正暦5(994)年の伽藍焼失に際し再び立つが,朝廷の支援を得られず,山麓の天野に居を移し運動を続行。長徳1(995)年夏,奥の院復興を成就した。一説に真言宗とは無縁の外来の民間僧で,勧進聖の総帥という。和歌にも秀で,紫式部に極意を授けたと伝わる。弟子に仁海など。<参考文献>和多昭夫「高野社と丹生社について」(『密教文化』73号)
(正木晃)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報