集福寺村
しゆうふくじむら
[現在地名]西浅井町集福寺
余村の北、塩津谷北縁の谷間に立地。東部行市山系に発する集福寺川は西南で大川に合流。集落の西方大川沿いを塩津街道が通る。当村から池原山越で池原村(現余呉町)に至る道(集福寺坂越)は、塩津街道と北国街道を結ぶ。村名はもと天台宗の吉祥山集福寺が所在したことに由来。建武三年(一三三六)一〇月、京を追われた新田義貞の軍勢は木目峠(木ノ芽峠)越えで越前敦賀を目指した。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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