
草葺不合命・玉依姫命。旧県社。現在の社地は明治七年(一八七四)合祀した夷守神社(雛守六所権現社)の社地で、それ以前は夷守岳東側中腹、山下より五、六町登った所の
社記によると、性空(寛弘四年没)が霧島山中に来住して草庵を建て行道し、さらに乙・若の二神童とともに霧島山の五方に霧島神社と梵刹を建て、霧島山頂
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...