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青山延光 あおやまのぶみつ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

青山延光
あおやまのぶみつ

[生]文化4(1807).10.23. 水戸
[没]明治4(1871).9.29. 東京
幕末の朱子学派の儒学者。水戸弘道館教授。青山延于の子。著書『国史紀事本末』『野史纂略』。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

青山延光 あおやま-のぶみつ

1807-1871 江戸後期-明治時代の儒者。
文化4年10月23日生まれ。青山延于(のぶゆき)の長男。常陸(ひたち)水戸藩につかえ,天保(てんぽう)14年藩校弘道館教授頭取となる。「大日本史」の校訂につくした。明治2年大学中博士。明治4年9月29日死去。65歳。字(あざな)は伯卿。通称は量太郎。号は佩弦斎,晩翠,春夢。著作に「国史紀事本末」「野史纂略(さんりゃく)」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

青山延光

没年:明治4.9.29(1871.11.11)
生年:文化4.10.23(1807.11.22)
江戸後期の儒学者。常陸国(茨城県)水戸藩士。字は伯卿,通称は量太郎,佩弦斎また晩翠と号した。青山延于の長子。文政7(1824)年彰考館雇となり,天保1(1830)年大番組に進み彰考館総裁代役。11年藩校弘道館教授に転じ,14年小姓頭に進み弘道館教授頭取となる。弘化3(1846)年再び彰考館に入り,『大日本史』の完成に尽力。明治2(1869)年には大学中博士となる。史学に長じ『国史紀事本末』『六雄八将論』『学校興廃考』など多数の著書がある。幕末期の政争激しい水戸藩にあって,よく学問教育の府を守った。

(小松徳年)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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