青沢越街道(読み)あおさわごえかいどう

日本歴史地名大系 「青沢越街道」の解説

青沢越街道
あおさわごえかいどう

江戸時代、観音寺かんのんじ村と新庄城下の間の出羽山地を川沿いに東西に横断し、飽海郡最上郡を結んだ街道。延長約四六キロ。観音寺村から荒瀬あらせ川右岸沿いに遡上し、常禅寺じようぜんじ村・大蕨おおわらび村を通り、北青沢村枝郷小屋淵こやぶちから大俣おおまた川に沿って上り、郡境の青沢峠(標高四五七メートル)を越える。さらに大沢おおさわ川沿いに下って京塚きようづか(現最上郡鮭川村)から滝倉たきくら(現新庄市)を通り新庄城下に入った。宿は北青沢村枝郷小屋淵と観音寺村であった。古代の佐芸さき(現鮭川村真木に比定)と飽海駅(現平田町飛鳥に比定)の間は、最上川の舟運と陸路が併用されたとみられるが、陸路の場合は与蔵よぞう越と並んで当街道のルートも用いられたと推定されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む