静慶庵跡(読み)せいけいあんあと

日本歴史地名大系 「静慶庵跡」の解説

静慶庵跡
せいけいあんあと

[現在地名]熊本市京町本丁

京町きようまち台地北西端にあった本妙ほんみよう寺支配下の庵。現在は熊本営林局敷地内であるが、昭和四一年(一九六六)の営林局改築前までは周囲に柵がめぐらされ、「加藤清正公由緒之地」という標柱が建っていたと伝える。江戸時代の京町の絵図では、「本妙寺支配の余地」として南北一二間・東西二七間の無住地となっている。この地は慶長一六年(一六一一)六月二四日死去した加藤清正を殯送した場所と伝える。「国誌」は「本妙寺塔中ヨリ廿余町岩立ト云ヘル処ニアリ、周回三百間計リノ処、日乗大居士殯送ノ迹ナリト云ヘリ、塔石あり、当今無庵主法華庵なり」と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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