音琴浦(読み)ねごとうら

日本歴史地名大系 「音琴浦」の解説

音琴浦
ねごとうら

[現在地名]彼杵町大音琴郷

近世、大村湾に臨んで置かれた浦。「大村郷村記」に彼杵浦・音琴浦として浦百姓五六、船数五一艘とあり、音琴浦は渚約九二間、船囲波止は長さ三三間で、七―八反帆船の係留ができた。浦からの船賃は五里の大村城下までが賃銭六〇〇文、八里の時津とぎつ(現時津町)長与ながよ(現長与町)までが七五〇文、三里の松原まつばら(現大村市)までは二八〇文。浦竈五四軒で、彼杵そのき村の浦百姓の大半は音琴浦の漁師と考えられる。水主屋敷は七ヵ所で、大坂上り水主は二人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む