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須田盛貞 すだ もりさだ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

須田盛貞 すだ-もりさだ

1845-1901 幕末-明治時代の武士。
弘化(こうか)2年1月25日生まれ。出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩士。慶応4年藩の砲術所総裁となる。戊辰(ぼしん)戦争の際,勤王・新政府支持を藩主佐竹義尭(よしたか)に進言。開戦後に家老となり奥羽越列藩同盟軍との戦いを指揮。のち藩大参事などを歴任。明治34年8月7日死去。57歳。通称は政三郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

須田盛貞

没年:明治34.8.7(1901)
生年:弘化2.1.25(1845.3.3)
幕末維新期の秋田藩士。代々2700石余を禄する重臣の家に生まれる。慶応2(1866)年,大番頭より進んで小銃隊支配を兼ね,同4年,砲術所総裁,家老となる。秋田藩の尊王思想の拠点であった惟神館に学んで,その信奉者となり,平田国学の私塾雷風義塾と砲術所の連携をはかって藩論を勤王方に導いた。戊辰戦争では,鹿角郡花輪方面で軍事総括を命じられる。明治2(1869)年学館総裁となり,世子佐竹義脩の養育係を兼任。維新政権のもとで,藩大参事,秋田県典事などの要職を歴任。同5年,病気のため職を退いた。

(金森正也)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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