20世紀日本人名事典 「飯塚国三郎」の解説
飯塚 国三郎
イイヅカ クニサブロウ
- 生年
- 明治8年(1875年)
- 没年
- 昭和33(1958)年7月25日
- 出生地
- 栃木県
- 学歴〔年〕
- 慶応義塾大学卒
- 経歴
- 慶応義塾の柔道倶楽部で初めて柔道を習い、明治24年講道館に入って修行を続けた。小男だが背負技、釣込腰に俊敏な技を見せた。32年から福岡に招かれ、修猷館、天真館、福岡師範学校などで柔道教師を7年間続け、その後講道館の指南役となった。以後、慶応義塾大学をはじめ、水産講習所、東京工業大学、東京農業大学、立正大学、国士館大学などで柔道を教え、大正15年には東京渋谷に至剛館を開いて子弟を指導した。敗戦で学校柔道が禁止されるや直ちに至剛館を開放、学生の指導を続け、学校柔道の復活に尽くした。昭和21年講道館十段の最高位についた。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報