高取新田(読み)たかとりしんでん

日本歴史地名大系 「高取新田」の解説

高取新田
たかとりしんでん

[現在地名]藤岡町甲(こう)

渡良瀬川の左岸に臨み、北は只木(ただき)村、西は川沼(かわねま)新田。明治末年からの渡良瀬川改修のため、現在南部は河川敷となっている。元禄郷帳に只木村枝郷として村名がみえ高二石余、下総古河藩領。宝永六年(一七〇九)古河藩主松平信祝が高取堤を築き、翌七年には小字山合(やまあい)より赤麻(あかま)沼に新堀を掘って鞴(たたら)湖(只木沼)の排水を行った。正徳元年(一七一一)から開墾が進められ、翌二年新田検地が行われたという(藤岡町史)。鞴湖は一帯から鉄滓が出土するため名付けられたといわれ、岩舟(いわふね)山麓の水を集め、下流の底谷(そこや)で渡良瀬川に流入した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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