高田宿(読み)たかだしゆく

日本歴史地名大系 「高田宿」の解説

高田宿
たかだしゆく

高田城下に置かれた北国街道(信州街道・奥州街道)・北陸街道(加賀街道)などの宿。北国街道の南の口を伊勢町(いせまち)口、北の口を稲田(いなだ)口、北陸街道の口を陀羅尼町(だらにまち)口といった。伊勢町口から出た北国街道の次の宿は新井(あらい)宿(現新井市)・里程二里一八町、稲田口からの次の宿は春日(かすが)新田宿・里程二里一八町、北陸街道の次の宿は大豆(だいず)・中屋敷(なかやしき)宿・里程二里(頸城郡誌稿)。当宿の機能に関係した町は出雲(いずも)・関(せき)・府古(ふご)・春日の四町。

元禄九年(一六九六)関町・府古町の宿問屋(馬問屋)に下された条々や宝永三年(一七〇六)の高田馬問屋塩荷・四十物荷口銭値上願書(いずれも西沢家文書)、寛政元年(一七八九)の高田町宿場之事(「頸城郡誌稿」所収)、「頸城郡誌稿」「高田市史」などによると、宿・問屋の機能・役割は次のようであった。役馬は四〇疋(関町一八疋・府古町一五疋・出雲町七疋)、無役馬一八疋(府古町一四疋・関町三疋・出雲町一疋)、人足は春日町が勤める。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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