高麗権現(読み)こうらいごんげん

日本歴史地名大系 「高麗権現」の解説

高麗権現
こうらいごんげん

[現在地名]多久市多久町 東の原

東の原ひがしのはる松山まつやま墓地入口左の雑木林にあって、正面上部に文殊菩薩種子と「遣蕩廊立居士 吉卯 霊位」の刻銘がある墓碑を、木製の堂で覆ってある。伝えによると、竜造寺(多久)安順が慶長の役(一五九七)に出陣した折、山中で迷っていた身分の高い者と思われる二人の童子を連れ帰った。だが、あまりに賢いので後難を恐れて、佐賀鍋島氏の命令で断罪した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む