高麗権現(読み)こうらいごんげん

日本歴史地名大系 「高麗権現」の解説

高麗権現
こうらいごんげん

[現在地名]多久市多久町 東の原

東の原ひがしのはる松山まつやま墓地入口左の雑木林にあって、正面上部に文殊菩薩種子と「遣蕩廊立居士 吉卯 霊位」の刻銘がある墓碑を、木製の堂で覆ってある。伝えによると、竜造寺(多久)安順が慶長の役(一五九七)に出陣した折、山中で迷っていた身分の高い者と思われる二人の童子を連れ帰った。だが、あまりに賢いので後難を恐れて、佐賀鍋島氏の命令で断罪した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む