鱸郷屋村(読み)すずきごうやむら

日本歴史地名大系 「鱸郷屋村」の解説

鱸郷屋村
すずきごうやむら

[現在地名]西川町鱸

西川左岸の自然堤防上の村落。対岸は曾根(そね)村。元和四年(一六一八)の長岡藩知行目録に村名がみえ、高五三石六斗。正保国絵図では石高の記載はなく、長岡藩領で「鈴木江屋」とある。慶安三年(一六五〇)の曾根村年貢割付状(加藤家文書)では、高三六石八斗余の新田を鈴木郷屋地内で曾根村が耕作し、米四石一斗余と野手米五斗を納めた。元禄一六年(一七〇三)幕府領(曾根の開拓誌)、明和二年(一七六五)には石瀬(いしぜ)代官所支配、小見郷屋組として高一六二石四斗余、郷屋新田とある(「石瀬代官所村々高辻帳」北条一也氏蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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