鳥居忠英(読み)とりい ただてる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鳥居忠英」の解説

鳥居忠英 とりい-ただてる

1665-1716 江戸時代前期-中期大名
寛文5年生まれ。信濃(しなの)(長野県)高遠藩主であった父鳥居忠則(ただのり)の自害により所領を没収されたが,先祖の功で能登(のと)(石川県)下村(しもむら)に1万石をあたえられる。近江(おうみ)(滋賀県)水口(みなくち)藩をへて,正徳(しょうとく)2年下野(しもつけ)(栃木県)壬生(みぶ)藩主鳥居家初代。3万石。正徳6年3月21日死去。52歳。初名は忠救(ただすけ)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む