鳥屋部村(読み)とやべむら

日本歴史地名大系 「鳥屋部村」の解説

鳥屋部村
とやべむら

[現在地名]階上町鳥屋部

八戸(はちのへ)城下(現八戸市)の南東、階上岳北麓の丘陵地に位置する。松館(まつだて)川の支流鳥屋部(とやべ)川が中央を北流し、東は赤保内(あかぼない)村・野沢(のさわ)村、西南は平内(ひらない)村、北は角柄折(つのがらおり)村に接する。

元和四年(一六二七)の知行目録に「八拾弐石七斗五升三合 西鳥屋部」「百三拾六石弐斗弐升三合 東鳥屋部」とあり、藩政当初は盛岡藩に属し、根城南部氏に給されていた。正保四年(一六四七)の南部領内総絵図に鳥屋部村、一〇五石余とあり、同年の郷村帳によれば一〇五・三六九石のうち六八・二八五石が畑であった。


鳥屋部村
とやべむら

[現在地名]天間林村天間館(てんまだて) 鳥谷部(とりやべ)

中野(なかの)川の支流市ノ渡(いちのわたり)川と倉岡(くらおか)川が合流する付近の南側にあたる。藩政初期の村。

正保四年(一六四七)の南部領内総絵図に鳥屋部村三七石余とあり、奥州街道より二〇丁の地にある。同年の郷村帳によれば三七・八五七石のうち二七・〇五石が田である。貞享元年(一六八四)の陸奥国南部領郷村高辻帳(岩手県盛岡市中央公民館蔵)によれば、四七・三二一石、安政六年(一八五九)一二月改の同書(同館蔵)には一三七・一六四石とあっていずれも独立村である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む